日中における最大懸案事項の1つ、東シナ海のガス田・油田開発問題で、かつて中国側は共同開発を約束したことがある。
さる経産省幹部は、その〝猿芝居〟に怒りをあらわにするのだが、次第に矛先は母国へと向けられる。「それもこれも、日本政府の見て見ぬ振りに、全ての原因がある!」と悲憤慷慨するのだが、それも当然だろう。
「俺は4年前、中川さんが大臣(経済産業大臣)だったとき(編集部註:故・中川昭一氏は2003年から05年まで経産相を務めた)間違いない情報として(中川大臣に)上げたんだ。それがまったく無駄になったんだよ。4年前何があったのか!」
場所は帝国ホテルのオールド・インペリアル・バー。キャリア官僚氏は人目も憚らず、何もかもぶちまけていく。
キャリア氏の話をまとめると、事態はこんな状況だったようだ。
2004年春、東シナ海で中国がヤグラを完成させ、本格的なガス田と油田の開発に乗り出しているという情報を掴んだ経産省は、沖縄県とも調整したうえで、航空機で状況を視察。この情報はすぐに、当時の小泉総理のもと、内閣の共有事項となる。
だが、問題はそこからだった。内閣はこの情報が日中の外交問題に発展するとの判断から、小泉政権下ですでに悪化していた日中関係を懸念する外務省の意向も踏まえて〝情報封鎖〟に踏み切る。しかしその間にも、中国側は着々と試掘を進め、油田の所有を既成事実化してしまった……。
キャリア氏は「その段階で、すでに話はワッセナー・アレンジメントでの扱いにまで及んでいたんだ」と漏らす。
ワッセナー・アレンジメントとは何か。冷戦崩壊後の96年7月、かつてのココム(対共産圏輸出統制委員会)の後に設けられた輸出規制の枠組みである。非友好国への、軍事材料となりうる資材の輸出を禁止するもので、現在、日本やアメリカなど40カ国が加盟する。
「ワッセナーでなんとかならないかという話が持ち上がったのは、中国側が油田の試掘で使っているのが、高精度の日本製シームレス管や、バルブだとわかったからだ」
大手ゼネコン関係者によれば、こうした日本製の建設資材は、海底油田の掘削には不可欠なのだという。
「シームレスというのは、継ぎ目のないパイプのことで、これは深海や高圧下での資源搬送には欠かせないもの。バルブも同様で、日本製のものでなければ、やはり高負荷のタスクには耐えられないです」
世界に誇る日本の国産技術によって、日本が守るべき国産資源が〝盗掘〟されてしまう。確かに、これでは冗談にもならない。キャリア氏の苦悩も理解できる。
「ところが、シームレス管もバルブも、ワッセナーでは輸出規制の対象になっていない。それに、今はもう、役所の規制行政が流行る時代でもないから、輸出入は企業による自由裁量と自主性に任せる以外にない」(同・キャリア氏)
規制はない。指導もできない。ないないずくしの日本を見越したように、今日も中国は日本の油田から資源を調達しているのだ。
「まったく悔しい。中国側ではこの間もずっと採掘が継続・拡大していて、煙突から火が出てるんだよ」(同)
で、無駄とは知りながら、当の経産省に取材をお願いしてみよう。
「当課のホームページをご覧ください。ワッセナーの輸出規制で規制されているものは業者さま自身でホームページをご覧いただいております。それで、疑問などがあれば、ご相談には応じておりますが……」(安全保障貿易管理課)
つまり、〝自主申告〟というわけだ。悪意を持った輸出業者や輸入国があれば防ぎようがない。
さて、当のメーカーだが、自社製品が使われていることについて訊いてみた。
「数年前に把握しております。かといって行政当局からは特にそれについては何も指摘はないように記憶しております。当社の技術が世界的にもトップのものだという自負はあるのですが…」
と、複雑な心境をのぞかせる。キャリア氏の囁きが甦る。
「かつてな、山陽特殊鋼の事件があったんだよ。一見、なんのことはない太いパイプが建設用資材として輸出されててな、それがある国で戦車の砲身に転用されてたんだ。いつかまた同じようなことが起きると、俺は思ってるよ」
歴史は繰り返す。
とはいえ、今回はわが国の資源が盗まれるという直接的な被害を被っている。これで何も対策を打たないのなら、我々は1人1人が亡国の徒だ。
(無料記事・了)