東京・谷中霊園は、都内有数の桜の名所として知られる。上野公園からも至近という霊園は、今春も並木道ではソメイヨシノが満開となり、往来の目を楽しませた。
霊園としての知名度や〝格〟は雑司ヶ谷や青山と並ぶ。いずれも東京都が管理しているが、実際の業務は都の外郭団体である公園協会に任せられている。各霊園で働いている現場職員は、東京都公園協会の職員、というわけだ。
例えばゴールデンウィークの陽気に誘われて、谷中霊園の付近まで散策したとする。その時、「そういえば、ここに恩師の墓があったんだ」「遠い親戚だけど、墓は谷中霊園じゃなかったっけ?」と思い出したとしよう。
中に足を伸ばしてみると、霊園は広大だ。どこに目指す墓があるのか、皆目検討もつかない。とすると、多くの人々が管理事務所に向かうのではないだろうか。
だが訊ねてみても、職員の回答は決まっている。「お教えできない決まりになっております」なのだ。理由は「個人情報保護の観点」だという。作り話ではない。筆者自身が実際に経験したことだ。
■―――――――――――――――――――― 【筆者】下赤坂三郎 【写真】都立霊園公式サイトより「谷中霊園・園内マップ」
(https://www.tokyo-park.or.jp/reien/park/map073.html)
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「故人」の墓が「個人」情報の保護とは……ダジャレはこれぐらいにして、個人情報保護とは対応を面倒に思った窓口が口実に使ったのかと思いきや、所長でも回答は同じだった。
「私どもはあくまでも東京都から管理を委託されていますので、東京都の指示があればお墓の有無はお教えできます。東京都と交渉していただけませんか」
筆者が「なぜ教えられないのですか?」と質問しても、結局のところ公園協会が明白な回答を用意しているはずもない。精一杯苦悩し、最後は東京都に下駄を預けてしまった。
都庁の幹部に問い合わせると、次のような回答だった。
「情報開示請求を行って頂けませんか。開示の決定が出れば、対応せざるを得ません」
結果は、案の定。存否応答拒否──。東京都では国が定めた個人情報保護法に準拠した運用準則によって、故人の墓が霊園にあるかどうかさえ、ないかどうかさえ、答えない、というわけだ。
筆者にとって墓参は仕事というと大げさだが、取材の一環として訪ねたいと思っていたのだ。都の対応が、あまりにも興味深いので情報開示請求を行ってしまったが、改めて墓参を希望する理由を説明してみた。
「私が情報開示を求めたのは、谷中霊園ができた直後、明治時代に建てられたお墓ですよ。すでに亡くなって100年以上が経っている方の墓があるかないかが個人情報保護とはどういう了見でしょうか?」
意味ある回答を都が行うはずもないので、先に進もう。では都立霊園をはじめとする公営霊園は、墓の有無や所在地を教えるケースはあるのだろうか。答えは1基の墓につき1人の問合せだけには応じる。それは墓の管理者だ。
墓の管理者とは要するに、管理費を納入する者のことだ。具体的には故人の子供か孫といったところだろう。この管理者以外は、たとえ故人の妻だろうが、きょうだいだろうが、全ての問合せに対して「存否応答拒否」と決まっている。
公営霊園では現在、管理者と連絡の取れなくなった墓の整理が喫緊の課題となっている。団塊の世代など第1次ベビーブーマーが急速に高齢化し、墓地の供給が追い付かないのだ。
その一方で、たとえ管理者も死亡して連絡が取れなくなったとしても、せめてきょうだいや親類縁者からの問合せに開示するようにすれば、無縁仏・無縁墓の増加に歯止めがかけられるはずだ。
だが現実は、血の繋がったきょうだいでも、親類でも、問い合わせても答えない。なのだから、管理者と連絡が取れなくなったら、親戚を探そうなどと考えてもいないのだ。これでは本来、無縁ではない墓でさえ、無縁墓と化していくのは当然の流れだろう。
皮肉なことに、都立霊園の管理事務所は「存否応答拒否」を貫く一方で、霊園に眠る著名人の墓所一覧は用意している。私は厭味の質問を、都庁の課長にぶつけてみた。
「この著名人名簿は、個人情報保護法が成立する前から用意しておられましたよね。故人の生前に、掲載の許諾は得られたんですか?」
課長は「ご遺族からはもらっているはず、ですが……」と答える。私は質問を重ねる。
「そうでしたら、承諾書の有無だけを情報開示請求してみましょうか。あると仰ったのですから、当然ながら存在するという回答になると思いますが」
課長は黙して答えない。私は続ける。
「谷中霊園の著名人一覧には、ここに、ある殺人事件の犯人の墓も紹介されていますね。当時は世相を賑わしたということですが、となると殺人事件の犯人遺族からも承諾書を取った、ということになりますね?」
やはり課長は黙して答えない。
(無料記事・了)