証券界に激震が走っている。いや、経済事件〝業界〟全体と言うべきだろうか。 立て続けに新旧「大物」の名が捜査対象者として発表された。普通の会社員でも、ニュースに敏感な方は驚いたに違いない。 改めて振り返ろう。 まず11月17日、大量の買い注文で不正に株価をつり上げたとして、東京地検特捜部は加藤暠(74)と妻の幸子(74)、そして長男で阪大大学院助教(金融工学)の恭(36)、この3人の容疑者を金融商品取引法違反(相場操縦)の疑いで逮捕したと発表した。加藤暠容疑者は、大手仕手集団「誠備グループ」の代表を務め、一時期は「兜町の風雲児」として知られた。
ちなみに、この「仕手」を辞書の『広辞苑』(岩波書店)は、
①行う人。(巧みに)する人。やりて ②(普通シテと書く)能または狂言の主役
③(取引用語)投機の目的で比較的多量の売買をする人
──と定義している。 ②から③が生まれたというのも〝定説〟だとされ、仕手筋が動けば「主役登場」と相場が活況を呈したことから転じたという。 加藤容疑者の生業が③に当てはまるのは言うまでもない。
誤記や事実誤認などが常に問題となるウィキペディアではあるが、その項目「加藤あきら」は、なかなかの筆致で「仕手戦」が描かれている。改行など、こちらで手を加えて引用してみよう。
<誠備グループが全力投入した「宮地鉄工所の仕手戦」は有名であった。1979年12月から1980年秋にかけて、200円台だった同社の株価が急激に上昇、1980年8月下旬のピーク時には2950円の高値を付けた。 宮地鉄工株が上がるにつれ「誠備グループに入ると儲かる」という噂が広まり、急速に影響力を拡大していった。同社は、同グループにより発行済み株式の70%を買い占められ役員の派遣を受け”会社乗っ取り”に発展した。加藤は「株式の革命。資本家や大手証券にいじめられてきた弱小投資家の戦いだ」と豪語した。 宮地鉄工所のほか、岡本理研ゴム、安藤建設、石井鉄工所、丸善、日立精機、不二家、西華産業、カルピス、ラサ工業など、加藤が手掛けた銘柄は、黒川木徳証券のマークが片仮名のキをマルで囲んだ形をしていたため”マルキ銘柄”或いは”加藤銘柄””誠備銘柄”などと呼ばれ、どれも大きく値上がりし話題を呼んだ。 加藤の影だけで相場が踊り、そのうち実際の加藤が手掛ける株が「ホンマルキ」、偽物は「ハナマルキ」という言葉も生まれた。1979年の所得は2億7000万円で日本橋税務署管内のトップに、1980年の所得は7億円を超えたと言われ、1981年は所得番付で全国37位、5億1619万円と発表された。しかし、暮らしは質素。「車だけは仕事の都合でベンツを使っているが、若いうちは家は持たぬ」と話し、住まいは2DKの賃貸マンションであった>
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E3%81%82%E3%81%8D%E3%82%89)
この仕手筋の世界では「レジェンド」のような男が逮捕されてから間もない25日、「もの言う株主」として知られ、かつては村上ファンドの代表を務めていた村上世彰氏(56)にも強制捜査が行われた。 加藤暠の名前は知らない人でも、村上世彰ならよくご存じだろう。 例えば2005年、阪神電鉄の株を大量に取得。子会社である阪神タイガースを大阪証券取引所・ヘラクレス市場(いずれも当時)に上場するよう提案して話題を呼んだ。
そして何より翌2006年にはニッポン放送株がインサイダー取引だったとして、証券取引法違反で逮捕される。2011年には最高裁で、懲役2年、執行猶予3年。罰金300万円と追徴金約11億4900万円の有罪判決が確定した。
村上氏に対する容疑も、加藤容疑者と同じ金融商品取引法違反、それも相場操縦だ。2014年6月から7月にかけて、村上氏らは東証1部上場のアパレル会社「TSIホールディングス」(東京都港区南青山)の株を、証券会社などから借り受けて売却。それが値下がりしたところで買い戻す「空売り」で数千万の利益を得たとされ、これが相場操縦の疑いが持たれている。証券取引等監視委員会は、任意で村上氏と長女に事情聴取を行っているが、今のところ容疑を否認しているという。 ちなみに、TSIホールディングスと村上氏は因縁がある。同社は2011年に「東京スタイル」と「サンエー・インターナショナル」が統合して発足したが、村上ファンドは旧東京スタイルの大株主として増配などを要求。村上氏が「物言う株主」として注目を集めるきっかけになった。 経済事件のニュースは、専門用語など〝敷居〟の高さから敬遠してしまう人も少なくない。逆に関心が高くとも、様々な情報に振り回されると、かえって事件の理解を妨げてしまう。
この加藤・村上の2事件に関して、ビジネスパーソンが理解すべき〝本質〟とは何だろうか。それぞれ1事件5分、合計10分で分かってもらうため、ジャーナリストの須田慎一郎氏に解説を依頼した。
──2事件の本質を、どこに見出されますか?
須田慎一郎氏(以後、須田) かつて日本の証券市場は、かなり人為的に動かされていたんですね。「仕手は相場の華」という言葉さえありました。仕手筋が動いたという情報が飛び交うだけで、市場は活気づいたものです。
ですが今の時代、証券業界は市場をマーケットメカニズムに委ねなければならないと危機感を抱いています。旧態依然としたシステムを放置し、コンプライアンス上の問題を抱えていると、グローバル化した金融市場から取り残されてしまうからです。
──加藤容疑者は「仕手筋」、村上氏は「ファンド代表」でした。仕手とファンドとなれば、イメージは「昭和」と「平成」ほど違います。
■―――――――――――――――――――― 【購読記事の文字数】約3500字 【写真】2006年11月、ニッポン放送インサイダー取引事件・初公判時の村上氏 (撮影・産経新聞社)
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