「トランプ新大統領の就任で、いよいよ米軍が北朝鮮に大して動くかもしれない」
駐米関係者の間で、こんな噂が流れている。出所は防衛省との憶測も飛ぶ。
アメリカが「悪の枢軸」と決め付ける北朝鮮に対し、本当に軍事作戦を行うというシナリオを、突拍子もない流言飛語だと断言するわけにはいかない。これまで国連の安保理決議を経ないどころか、議論さえ行われていない段階で米軍が軍事介入に踏み切ったケースは決して少なくないのだ。 ■―――――――――――――――――――― 【写真】2016年12月、北朝鮮の首都平壌で開かれた中央追悼大会に出席した金正恩・朝鮮労働党委員長(撮影 共同通信) ■――――――――――――――――――――
例えば1991年の湾岸戦争や、2003年から続くイラク駐留と平行して、アメリカは中南米諸国に対する政治・軍事介入を積極的に行っている。我々と直接的な利害関係の少ない中南米における米軍の行動は、なかなか国内メディアでは報じられない。
古くは89年、パナマのノリエガ将軍は夜中に米軍の急襲を受け、米国内へ強制的に移送させられた。フロリダ州の刑務所に収監されたこともある。
こうした軍事作戦を米軍は「民主主義回復作戦」などと名付け、れっきとした独立国の元首さえ〝葬って〟きた。作戦が成功すれば、アメリカ政府に友好的な新政府が樹立されるのも定跡だ。
介入される国家にとってはたまったものではない。軍事作戦を行うにあたり、「民主主義など普遍的な価値観を共有しているか否か」といった規準が提示されるとはいえ、要するにアメリカの都合によって決められるのだ。暴虐も甚だしいが、世界一の軍事超大国が相手なのだからどうしようもない。
米軍にとっては覇権の空白域だったアフガニスタンなどユーラシア大陸の内奥さえ、02年の同時多発テロ以降における「テロとの対決」で、遂にアメリカ政府に対して歩み寄らせることに成功している。
だが、そのアメリカでさえも扱いを持て余しているのが、〝偉大なる首領様〟が率いる北朝鮮だ。改めて正式名称を確認しておけば「北朝鮮民主主義人民共和国」となる。笑止千万だが建前は一応「民主主義」国家なのだが、実態が正反対なのはもはや説明の必要もないだろう。
覚せい剤の輸出や、偽米ドルの製造拠点を潰す、といった「大義名分」には事欠かないが、アメリカが本気になるには「利権」が必要だ。さるアメリカ人アナリストは「トランプ新政権が米軍を動かすだけのメリットは充分にあります」と指摘する。
「北朝鮮は世界有数の資源国なのです。とりわけ中国国境沿いの山脈には貴重な鉱石が豊富に埋まっていると見られています。しかも北朝鮮の技術力では掘削が難しく、大半が手付かずなのです。そこに先進テクノロジーを持ち込めば、まさに宝の山。アメリカだけでなく、日本や韓国、中国も虎視眈眈と狙っているのです」
日本の商社なども日朝の国交正常化を見込み、北朝鮮国内の資源開発に高い関心を抱いてきた。しかしながら、今は日朝の外交ルートは冷え切っている。常識的に考えれば、北朝鮮の開発利権で最も有利なポジションに位置しているのは、中国と韓国となる。
ところが、ここで大逆転を狙っているのがアメリカというわけだ。
「仮に金正恩政権が自壊したシナリオを検討してみましょう。次の政権が中国寄りとなるか、韓国寄りとなるかは、世界史レベルの最重要事項です。前者の場合、米国の覇権は韓国にとどまり、第二次大戦後の環太平洋におけるアメリカの安全保障戦略は、半世紀を経ても日本と韓国という〝友好国〟しか持てなかったという、『進度ゼロ』という結論に至ります。対して後者の場合、北朝鮮の親米政権を通じてアメリカは中国の国境沿いまで政治・軍事両面のプレゼンスを発揮できるようになるのです」(同・アメリカ人アナリスト)
アメリカが北朝鮮で軍事作戦を行い、金〝王朝〟を潰し、親米政権を樹立させる──基本はイラク戦争と同じシナリオになるが、成功した時のメリットは計り知れない。北朝鮮の資源確保は言うに能わず、朝鮮戦争の借りを返すことができるのだ。おまけに北朝鮮が国家として存続すれば、自壊時の難民発生や、中国進出などの混乱を避けることもできる。
「一石二鳥どころか、三鳥も四鳥も見込める外交政策なのです。21世紀が中盤に差し掛かるにつれ、アメリカにとって北朝鮮が最重要の安全戦略ポイントとなる可能性は増す一方であり、絶対に譲れない橋頭堡なのです」(同)
なるほど、アメリカが単なる正義感から北朝鮮を「悪の枢軸」呼ばわりするわけはない。裏には経済面での思惑──彼らからすれば〝国益〟ということになる──も隠されていたのだ。極東の独裁国家に対する執拗な関与も納得できるというものだ。
こうした素地の上に、「アメリカ至上主義」を掲げるトランプ新大統領が「棍棒外交」を展開することになる。確かに、あらゆる強硬路線を視野に入れるべきだろう。さる外交筋が次のように解説する。
「防衛省が情報元という噂が事実なら、アメリカ側のソースは国防省ということになるでしょう。背景にはアメリカ国務省と国防省の温度差、あるいは政策アプローチのスタンスが異なることが挙げられます」
アメリカの外交は常に、国務省VS国防省の〝対立〟によって形成される。北朝鮮を巡っても以前から両者の〝相異〟は指摘されてきたという。だが時期や状況に応じて、両者が和解したとか、現場では深い溝が消えていないとか、様々な観測が飛び交う。
「これまでは国務省が全面に出て、北朝鮮問題を仕切ってきました。しかしながら、裏では国防省が北朝鮮の現体制を転覆、崩壊させるシナリオを描いているのです。注意して頂きたいのは、たとえ北朝鮮が親米政権だったとしても、それは変わらないのです。CIAを筆頭とする情報機関は、日本という疑う余地のないほどの親米政権でさえ、動向を操作したいと仕掛けてきます。今、この瞬間にも自民党内部の情報を細かく集め、分析を積み重ねているのです」
要するに外交には常に裏と表があるのだ。国務省が表を担当し、国防省が裏を担う。クーデターや親米政権の樹立という強硬策は国防省が単独でシナリオを描く。
その上で、具体的な情報も流れている。米軍の新たな動きが、金正恩政権への強襲情報に真実味を与えているというのだ。日本の外交関係者が明かす。
「米軍もCIAも、ずっと以前から『金王朝』を下から転覆させようと目論んできました。そして現在、アメリカは北朝鮮がミサイル搭載は可能なレベルにまで、核弾頭をダウンサイジングしたと見ています。北朝鮮がミサイル実験を強行すればするほど、アメリカは軍事介入に都合のいい状況となるわけです」
これまで北朝鮮は多国間協議を「打ち出の小槌」と見なしたかのように、援助を引き出す道具として使ってきた。だがアメリカは、こうした北朝鮮の戦略に対し、明らかに業を煮やしているのだという。オバマの対北朝鮮戦略が手詰りになったことを示すだけではなく、北朝鮮はやり過ぎてしまったのだ。
「北朝鮮の見通しが甘いのは、多国間協議に参加する振りをしている限り、引き延ばし外交は永遠に続くと考えているところにあります。しかしアメリカサイドに立てば、多国間協議と真摯に向き合い、多くの時間を割いていると国際社会に認知させれば、決裂後の独自行動に対し、世界が許容してくれる可能性が高まります。政権を転覆させるが、金正恩の命は保証し、中国に亡命させる、というシナリオも現実味を増すわけです」
北朝鮮と中国の関係は、かつてほど良好ではない。本当に金正恩が中国に亡命するなどということは起こりうるのだろうか。
「パキスタンなど、北朝鮮が軍事技術や武器を輸出している国も、亡命先になりえるかもしれません。反米的な国であればあるほど、金正恩にとって自分を守ってくれるという期待は高まります。とはいえ、〝首領様〟がパキスタンという〝貧乏国〟で余生を送ることを了承するかといえば、それは疑問です。現実的に考えれば、やはり最も可能性が高いのは中国でしょう。国を追われた金ファミリーを、昔の友誼から引き受けたということになれば、アジアの大国としての面子にはメリットです」
とはいえ、国際社会への建前もある。首都北京で「賓客」としての生活を送る──そんな予測は不可能なのだという。
「中国南部の南寧からさらに山沿いの辺区と呼ばれる政治や経済の中心地からは離れたところが候補になるのではないでしょうか。この辺りは、東南アジア諸国とも国境が近く、決して金家が余生を過ごすにも悪くない場所です。現実的には、それなりの待遇で持てなすにせよ、国際社会に対する弁解として、〝幽閉〟というイメージも生み出すことができます」
果たして、「偉大なる首領さま」が中国の辺境に送られる日が現実に来るのだろうか。不穏な噂の行方が気になる。
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