熱帯の楽園・沖縄で、初めてその恐怖の報告がもたらされたのは1992年。場所は本島北部──。
「沖縄島の本部半島東部では、1992年から1994年にコブラ属Najaのヘビが出没し、地域住民に恐怖をもたらしている。」(沖縄生物学界誌98年)
沖縄県衛生環境研究所ハブ研究室を中心とした大規模な、しかし密やかな捕獲調査の結果、実際にタイコブラ(Naja kaouthia)が捕獲されたことで、沖縄県でも北部の、とりわけ山間部の住民たちは、やはり、と恐怖に震えたのである。
その危険性を、観光を主要産業に据える沖縄県が大きく訴えることはなかった。
「県はいわんさー。観光客が怖がるからねー。ただでさえ観光客が減ってるのに、怖がることはいわんさー。でも、ハブなんかは怖くないさー。怖いのはコブラとか、台湾ハブとか。血清がないのさー。それに、どうも混血がおるのよー」(地元関係者)
コブラの生息が確認されてから25年が経ち、沖縄北部の山中では、沖縄産のハブと、台湾産コブラの自然交配が懸念され、ついに新種の琉球コブラが誕生したというのだ。別の関係者が言う。
■―――――――――――――――――――― 【写真】沖縄県公式サイト「ハブ対策の方法」より
(http://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/hoken-chubu/eisei/kankyoeisei/33habu/habu.html)
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「あれは、ハブではないよ、絶対に。わしらはハブは見間違えんからさ。沖縄のハブは奄美と比べても大きくて、緑が強いんさ。それで、緑色で大型で、それでクビをあげとるんよ。卵みたいに広がった襟みたいなのに、白っぽい模様もあったからさ」
ハブの展示やコブラのショーなどを行う沖縄ワールドの担当者によれば、通常、ハブの攻撃範囲は体長の1・5倍。ただ、トグロを巻いていない状態では飛びかかれないため、攻撃態勢にないハブは、首さえ押さえてしまえば扱いやすい。
だが、かま首をもたげたコブラは「ハブと違って、視覚を使って攻撃してくる」ので、素人では捕獲が難しいのだ。
ハブとマングースの戦いは、現在、動物愛護法の改正で禁止され、沖縄本島では、ハブの最大生息地とされる北部の山間部で、蛇の駆徐目的で持ち込まれたマングースそのものが大量に繁殖しているとされる。
ところが、マングースは、天敵であるべきハブや、そしてもっともその対抗効果が期待されるコブラに対して、自然界ではまったく向かっていかないのだという。
現地でタクシー運転手をしながら、2年近くに亘って、このハブラの行方を追い続けている人物が話す。
「住民らも、4月の田芋を植える季節になると、あったかい気候で活発になったハブを相当目撃するんさ。でもそれに紛れて、首の立ったハブとコブラのあいの子見たいなのを目撃しとるんさ。北部ではハブラみたいな混血が相当、数が増えとるのは常識さ。でも、沖縄のひとは蛇には慣れとるからね。訊かれなければなんもいわんさー」
地元住民のA子さんに連れられ、琉球コブラと遭遇した場所まで案内してもらうことにした。
場所は、沖縄県による過去の調査でも、もっともコブラの目撃例が多かった、本部半島伊豆見地区。かつて日本軍と、上陸してきた米軍との激しい戦闘に見舞われたその山中で、今は人知れず、血清のない琉球コブラが繁殖しているというのだ。
咬まれたときのダメージを防ぐため、新聞紙をまるめて、すねに巻きつけ、その上にGパンを履いた。そのためか、足取りは重い。
目撃したというガマ(洞窟)は、すでに夏場に差し掛かり、背丈ほどに伸びた下草にその行く手を阻まれ、容易に近づくことができない。
その草の合間、どこから台湾産のコブラ、そして2メートルにも達する沖縄産の巨大ハブ、そしてその2種が混合した、生物兵器さながらの猛毒蛇がこちらを睨んでいるともしれない。
あと100メートル……50メートル……斜面の脇には小さな水の流れがあり、下草はその湿潤な環境で、さらに丈を伸ばしている。
先導する地元住民のA子さんは「咬まれても血清はないさー」と呪文のように小さな声で呟きながら、黙々と先へと進む。
からだ全体を覆う緑色の草の下には、陽は届かない。直射日光を嫌う蛇にとっては、日差しの強い沖縄の日中を過ごすには最適の場所だ。そして、川沿いのじめっとした空気があごをなでる。
いつ咬まれてもおかしくない──片道30分。目撃の地点まで、これまでの人生でもっとも時間の流れが遅く感じられたのだった。
捕獲に向け、北谷の大型釣り具店「シーランド」へと向かった。
数々の網を物色し、もっともヘビ捕獲に適していると目をつけたのが、大型のアナゴ捕獲用の網だった。
そこに、豚肉など餌を入れて設置しておけば、おそらくコブラが活動するといわれる夜間に捕獲できるに違いない。いまだかつて多くの目撃例はあれども、誰も捕獲に成功したことのない琉球コブラである。
猛毒性であることは間違いないが、しかし、その牙や体の形状など、不明なことばかりだ。
かつての県のコブラ捕獲調査でも、従来のハブ捕獲用の器具では対応できないという指摘もあった。網の設置そのものにも恐怖が募る。
それに、あの高い草が生い茂る恐怖の湿地帯に再び踏み込むのはどうしても避けたい。長い10メートルロープの束をいくつか抱えてきた。
「これに結んで、草むらに入らずに、放ればええねんな」
かくして、夕方、日暮れときに、作戦は決行されたのだった。どんな餌を好むのか、それさえ不明だった。川べりでティラピアの腐肉を呑みこんでいたという情報もあった。
魚の肉を好むのかもしれない。できるだけ臭いの強いものをと、小間切れの豚肉と、そしてサンマのぶつ切りを網に放り込み、そして、ロープをくくりつけて、川岸沿いの湿潤な場所に放り込んだ。
翌朝、おそるおそるロープを引き上げてみると、網には何も入っていない。2日目、成果なし。3日目、成果なし。
結局、捕獲どころか、対面さえ叶わなかった。それにしても、いったい、このコブラの繁殖と、そして、コブラとハブの合体を許した原因は何なのか。ある研究者の次の言葉が背筋を凍らせる。
「80年代から90年代にかけて、観光客のためにマングースと闘わせようと持ち込まれたコブラが、観光業者のところから逃げだしたのが原因だと言われています。業者のところではコブラ同士の繁殖も行われていて、それで、輸入された個体数以外に逃げだした個体数が把握できないんです」
地元ホームセンターでは、住民たちの命を守るための兵器、ハブノックなる商品が棚に並んでいるが、このハブノック、5メートル先まで直線で殺蛇成分が噴霧されるツワモノだ。しかしながら、人類にとっての〝最終兵器〟さえ、琉球コブラに効果があるのかは未だ不明である。
(無料記事・了)