2016年のプロ野球を興味深い記録やエピソードで振り返る本連載も、回を重ねて2017年を迎えた。いつもは珍記録に重点を置くことも多いが、今回は何よりも、おめでたい話題としたい。
野球の華は投手が奪う三振か、打者の放つホームランという説もある。特に後者は「花火」の連想もあり、初春にふさわしいのではないか。
ただ、本連載がありきたりのホームランを取り上げるはずもない。特に厳選を重ね「記憶に残る」という観点から飛びきりの4発をお届けする。ラインナップは、
①2度目のリプレー検証 田中広輔(広島) ②1打席でダイヤモンド2周 岡島豪郎(楽天) ③史上「最も遅い」初打席弾 栗山巧(西武) ④やっぱり神ってる本塁打
丸佳浩(広島)
の4選手だ。リプレー検証の多さにも着目して頂きたい。 ■―――――――――――――――――――― 【著者】久保田龍雄 【写真】2016年9月17日、広島・丸佳浩の本塁打を中日・工藤隆人が追うも左翼スタンドの観客のグラブの中に入ってしまう(撮影 産経新聞社)
■――――――――――――――――――――
■〝世紀の誤審〟から9か月……リプレー検証弾、今回はセーフ!
田中広輔(広島)
6月10日 広島vs楽天(コボスタ宮城)
田中広輔といえば、2015年9月12日の阪神戦(甲子園)で延長12回にフェンスオーバーの当たりを放ちながら、リプレー検証の結果、「ラバー上部のフェンスに当たった」とされ、三塁打に格下げされた〝悲劇〟を思い出す人も多いだろう。
何しろ、完全な誤審だったのだ。その後に広島が確認を要求すると、NPBは間違いを認め、異例の謝罪を行った。しかし既に試合は成立していたため、文字通り「幻の決勝弾」となり、この試合を引き分けた広島は3位の阪神に僅か0.5ゲーム差で届かず、3年連続のCS進出を逃した。
あの〝世紀の誤審〟から約9か月。6月10日の楽天戦(コボスタ宮城)で、またしても田中がリプレー検証弾を打ち上げた。
広島が2点をリードして迎えた2回2死二塁、楽天の先発・塩見貴洋の高めストレートを引っ張ると、大きな弧を描いた打球は右翼ポール際へ。深谷篤・一塁塁審が腕をグルグルと回し、「本塁打」と判定した。
だが、梨田昌孝監督がベンチを飛び出して「ファウルではないか」と抗議。昨年9月同様、リプレー検証となる因縁めいた展開となる。
「あれ(昨年9月のリプレー検証)はもう仕方ないけど、今日のは絶対に入ったと思った」
試合後、田中は自身が確信していたことを明かしたが、広島ファンだけでなく、本人も嫌な記憶が蘇ったはずだ。検証時間は、さぞかし長く感じられたことだろう。
約5分後、責任審判の佐々木昌信三塁塁審が「判定どおり、本塁打で再開します」と場内に説明すると、すでにホームインしていた田中はベンチの中で改めてナインとハイタッチして喜びをあらわにした。
「僕としては入ったと思っていたんですけど、みんながベンチでファウルと言うので、不安になりました。ホームラン判定になって良かったです」
何と田中が不安に感じたのは、チームメイトの野次が原因だったというオチもつき、試合は6対0と快勝。首位キープに大きく貢献したばかりでなく、黒田博樹の日米通算198勝目をもアシスト。前回と打って変わって、めでたいことだらけのリプレー検証弾となった。
今季は7月29日の巨人戦(京セラドーム大阪)で高校(東海大相模高)、大学(東海大)時代の同期生・菅野智之から2打席連続弾を放つなど、不動の1番打者として打率2割6分5厘、13本塁打、39打点、28盗塁と活躍。チームの25年ぶりリーグ優勝に大きく貢献した。
■1打席でダイヤモンド2周 ビデオ検証で打ち直し弾!
岡島豪郎(楽天)
7月9日 楽天vsソフトバンク(ヤフオクドーム)
5点をリードされた楽天は8回表1死。1番・岡島豪郎がカウント1-0から東浜巨の内角高め、カットボールを引っ張った。快音とともにライナー性の鋭い打球が右翼ポール際に飛び込んだ。
東利夫一塁塁審の判定はホームラン。岡島は淡々とした表情でダイヤモンドを1周してベンチに戻った。これで2対6と思いきや、ポールに当たったかどうかという微妙な弾道の打球だったため、4人の審判団が集まり、リプレー検証に持ち込まれた。
約5分間の協議の結果、「打球がポールの右側を通過していた」として、「ファウル」に覆った。
ベンチで成り行きを見守っていた岡島はガッカリ。ウィーラーも「そりゃ、ないぜ。ホームランじゃないのか?」と言わんばかりに右手を激しく動かしてアピールしたが、もとより判定が覆る由もない。
仕切り直しで再び打席に立った岡島は、1球ボールを見送り、カウント2-1からの4球目、真ん中高め、140キロの直球をジャストミートすると、今度は右中間席に突き刺さる文句なしの一発。「敵ながらあっぱれ」と地元・ホークスファンからも惜しみない拍手が送られた。
ロッテ・角中勝也も14年9月24日の日本ハム戦(QVCマリン)で「打ち直し弾」を記録しているが、これは一度「ファウル」とジャッジされた打球がビデオ判定でも「ファウル」とされた後に放ったもの。それだけにホームラン→ファウル→ホームランの経過を辿った岡島のほうがより劇的だった。
試合は2対6で敗れたものの、梨田昌孝監督は「あのバットが野球殿堂入りするんじゃないか。バットを残しておくように言っておくわ」とご機嫌。
思わぬ形で今季3号を記録した岡島も「あり得ないことです。たまたまだけど、良かった」と喜びながらも、「(3回1死二塁の)2打席目、(2点差に追い上げた5回の)3打席目で自分が打っていれば、展開も変わっていた」と殊勝な反省を忘れなかった。
9月11日の日本ハム戦(コボスタ宮城)では、初回に同点弾となる先頭打者アーチを放ち、2番・ペレスとともに2者連続弾。これもDeNAの梶谷隆幸、松本啓二朗が15年7月13日の巨人戦(横浜)で記録して以来、プロ野球史上39度目、楽天では初の珍記録だった。
■思わず〝びっ栗〟!? 15年目に初出場の球宴で史上「最も遅咲き」の初打席弾!
栗山巧(西武)
7月15日 オールスター第1戦(ヤフオクドーム)
15年越しの想いを、一振りに込めたような、会心の一発……。
7月15日のオールスター第1戦(ヤフオクドーム)、9回裏無死一塁、広島の守護神・中崎翔太の143キロ直球をフルスイングした西武・栗山巧の打球は、右中間席に突き刺さる2ランとなった。
9回表からレフトの守備固めで途中出場していた栗山にとって、プロ15年目で初出場をはたしたオールスター初打席での快挙である。
球宴の初打席本塁打は12年(第1戦)の陽岱綱(日本ハム)以来16人目。74年(第1戦)の高井保弘(阪急)と07年(第1戦)の森野将彦(中日)の11年目を抜いて、最も遅咲きの初打席本塁打となった。
9回の守備では、同じくオールスター初出場の広島・鈴木誠也がサードとレフトの間に打ち上げた飛球をレアードとお見合いして安打にしていた。その裏、「僕が捕らなあかんフライだった」と危機感を持って打席に入ったことが、球宴史に残る快打につながった。
「一生忘れないホームランになりました。ミスした後でしたし、(オールスター初打席初安打の)鈴木誠也君も、僕のお蔭で神ってましたけど、その分、もっといいもんが返ってきました」
そして「今風に言うと、〝栗って〟ましたね」と笑顔を浮かべた。
7月4日に発表された監督推薦で、栗山が初めてオールスターに選ばれたと聞いて、「えっ、まさか! 遂に!?」と思った人も少なくなかったはずだ。
08年に最多安打のタイトルを獲ったのをはじめ、毎年打率3割前後を記録し、ベストナイン3回、10年にゴールデングラブ賞も獲得。12年からチームの主将を務め、今年6月19日のヤクルト戦(神宮)では、史上120人目の通算1500本安打を記録している。
これほどの実績を持つ一流選手がなぜこれまでオールスターに1度も選ばれていないのか、球界七不思議のひとつでもあったのだ。
本人も「オールスターっていうのは、テレビで見るもんだっていう、なんか僕の中でありますし、選んでくださった工藤(公康)監督には感謝したいです」と半ば夢見心地だった。
だが本来なら何度も出場していてもおかしくない実力の持ち主。第1戦での敢闘賞受賞に続いて翌16日の第2戦(横浜)でも二塁打を含むマルチ安打を記録。オールスター戦における〝不遇の日々〟を一気に引っ繰り返してしまった。
■ホームランを観客がキャッチ……リプレー検証で初の20号達成!
丸佳浩(広島)
9月17日 中日vs広島(マツダスタジアム)
6月14日の楽天vs巨人(東京ドーム)で、オコエ瑠偉の右邪飛をエキサイトシート最前列の観客が横取りし、守備妨害で認定アウトになる珍事が起きたが、今度は9月17日の中日vs広島(マツダスタジアム)で左翼席最前列に飛んだ打球をスタンドのファンが左翼手の頭越しに捕球。ホームランか否かで揉めた。
問題のシーンは、8回1死一塁。広島の3番・丸佳浩がフルカウントから中日3番手・岡田俊哉の8球目の外角高め、143キロストレートを高々と打ち上げ、左翼へ運んだ。レフト・工藤隆人が必死にジャンプ捕球を試みたが、あと一歩及ばず。打球はスタンドから男性ファンが工藤の頭越しに差し出したグラブの中にスッポリと入った。
橘高淳三塁塁審は「ホームラン」と判定したが、工藤のグラブに男性ファンのグラブが接触し、「(妨害がなければ)捕れていた」とアピールしたため、リプレー検証となった。もし、男性ファンが明らかに工藤の捕球を妨害していたと判断されば、もちろん、本塁打は取り消される。二塁打に〝格下げ〟となることもあれば、最悪の場合は「認定アウト」となってしまう。
だが、約10分間の検証の結果、「観衆の妨害はなく、判定どおり、本塁打とします」(橘高責任審判)と、リプレー検証弾が成立した。
検証の間、「(観客の捕球は)見えていなかった。二塁打になっても、新井(貴浩)さんにチャンスが回るので」と冷静を保っていた丸は、判定どおりの結果に安堵した様子。そして、2年連続19本塁打の丸にとって、自身初の大台到達となる20号。「いいきっかけというか、壁を越えられて良かったです」と喜びをあらわにした。
じつは、リプレー検証が行われたのは、この日2度目。4回無死一塁で新井が左越え二塁打を放った際に一塁走者・丸が一気に本塁を狙った。当初の判定はセーフだったが、リプレー検証の結果、判定が覆り、アウトに。
同じ日に2度もリプレー検証の主役になり、最初は本塁タッチアウト、お次は本塁打取り消しだったら、ショックで寝込んでもおかしくない(?)ところだったが、そこは「神ってる」カープの一員。野球の神様の霊験あらたか、めでたく20号達成となった。
(無料記事・了)