東京・兜町。ここに日本株式市場の中心たる、東京証券取引所が建っている。
取引所の地下1階は、通称「兜倶楽部」と呼ばれる記者クラブ。新聞、テレビなど約30社の記者たちが、ワンフロアを独占する。
だが1月下旬、その兜倶楽部に詰める記者たちの間で、「この記事、どこかで見たことなかった?」との質問が飛び交ったことは、あまり知られていないようだ。
その記事とは、1月26日に日本経済新聞が掲載したものになる。企業情報を扱う17面の囲み記事。見出しは「新規公開企業下方修正相次ぐ」だ。
「2016年に上場した83社中、10社が業績見通しを引き下げた」という事実を提示し、「いわゆる上場したことがゴール」という企業が増加していると指摘。「IPO(新規公開株)の信頼向上はまだ道半ば」だと警鐘を鳴らした。
記者名が入った署名原稿。1200字を超える渾身の大作だ。気合が漲っているのは一目瞭然。内容も「社会の木鐸」たる新聞に相応しいだろう。
ところが、これを読み終えた他社の記者たちは「既視感」を覚えた。ある記者はこのことを市場関係者に尋ねると答えはすぐ返ってきた。
「あー、それね……。『市況かぶ全力2階建て』で見ましたよ」
何と、日経が盗作記事を掲載したのだろうか。
■―――――――――――――――――――― 【写真】バーチャレスク・コンサルティング社の公式サイトより
(http://www.virtualex.co.jp/)
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まとめサイト「市況かぶ全力2階建て」だが、市場関係者の間では群を抜いて話題になる人気を誇る。
(http://kabumatome.doorblog.jp/)
ツイッターなどに投稿された市場の話をタイムリーに、そしてウィットに富んだタイトルで掲載しているためだ。
その「市況かぶ」が1月16日に掲載した記事が興味深い。
前日15日、コールセンターの運営委託などを手がけるバーチャレスク・コンサルティング(東京都港区虎ノ門)が下方修正したことを受け、「2016年IPO企業の上場(1年以内)ゴールは10社目に」と皮肉ったのだ。
と、ここまで来ると、大半の読者はお気づきになっただろう。日経の「上場ゴール」を憂う記事と同じ内容なのだ。当然ながら、「下方修正10社」の顔ぶれは日経でも、市況かぶでも変わらない。
更に致命的なことは、日経は26日の掲載。一方、市況かぶは16日だ。こうなると、嫌が応でも盗作疑惑が囁かれても仕方ない。少なくとも「ネットの後追い記事」を疑われるのは必然だ。
ところが、更に興味深いことが続く。
上にある通り、日経が「ネット後追い」疑惑記事を掲載したのは26日。その前日25日午後3時27分、日経は、東証1部に上場しているLINE(渋谷区渋谷)の決算要約を報じる記事作成に際し、人間の記者を使わず、AI(人工知能)に〝執筆〟させたのだ。
あくまでも要約記事だとはいえ、LINEの決算が東証の適時情報開示閲覧サービス(TDnet)に載ってからわずか2分後に掲載されている。
こんなことが可能になったのは、徳島大学発のベンチャー「言語理解研究所」と東京大学松尾豊研究室と共同で開発したAIシステムを使ったためだ。
日経ビジネスではそれを「画期的」と称し、担当部署の言葉を紹介している。
それによると、「これからは入力だけで書きあげることができるような単純記事はAIで行い、記者は本来やるべき仕事に集中してもらう」と担当セクションが述べている。
その言やよし。
兜町倶楽部の記者は今のところ、盗作とまでは認定していないようだ。だが、「集中した成果が、後追い記事かよ」と苦笑している。いや、それどころか、「本来やるべき仕事に集中している日経の記者は次、どのネット記事を後追いするのだろうか」と楽しみにしているのだという。
(無料記事・了)